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短編小説    「 2009年の終わりに 」

No. 1  「 小説家 と 舞台監督の 物語  」



昔 女優志望だったというその女性は、今は舞台の台本を主に書く、売れない小説家に
なっていた。

ひょんなことから昔の俳優仲間からその舞台監督を紹介された時は、嘘でしょ?と自分の
幸運を簡単には信じることが出来なかった。
自分がどんなに望んでも、舞台に立つことはおろか、その劇場に入ることすら考えられな
かった舞台。その場所を支配して君臨している監督が目の前にいて、今度の舞台の台本を
書いてみてくれと言っているのだ。

それからの彼女は、まるで熱にうかされた様にその舞台のことを考え続けた。
監督の言った一言一句、全て覚えていられるくらい、彼女は必死だった。
寝ても覚めても、そんな舞台の、舞台の人物の、そして監督の意図する劇の主題を
考え続けた。

最終段階、今日が台本を渡す日。
監督、そして演出家、プロデューサー、そしてスポンサーまでが居並ぶ中、彼女は
胃が痛くなるような緊張を笑顔の下に押し隠していた。

皆が台本を読み終わると、周りの人と顔を見合わせていた。

「私はこれでいいと思います」監督は真っ先に言った。
「・・・・・・・・そうですね、後は私の、解釈次第ですかね?監督?」
「お2人が異論なければ、私も同意しますが」プロデューサーも続いた。
スポンサーだけが、ちょっと首をかしげていた。
「確かに、最初の突拍子もない話からはマシになったとは思いますが、どうも・・・
会社側としては、もっと子供向けで、とお願いした筈ですが」
「・・・・・・子供を取り込むというのは、最近では、まず若い母親を、というのが
一般的なアプローチです。申し訳ないが、これ以上子供向けに、というなら、
私は監督を降ります」
「いやいや、それは・・・・あなたが監督だから、会社もOKを出した訳ですから。
わかりました。これでお願いいたします」



監督が彼女を食事に誘った。
「時間は少ししかないんだが、近くで美味しいタイ料理屋があってね」

監督は外で笑いながら言った。「今夜は名前で呼んでくれないか?」
「はい」「それじゃあ、行こうか。えっと・・・」「あ、若杉孝子 です」
「じゃあ、タカコ。今日は飲むぞ!」「あはは、はい。榑林さん」
「ああ、ヒトシでいいよ」


榑林監督は、舞台に関しては鬼だと言われていた。そして、舞台以外では
一切付き合うことが無いのも有名な話だった。彼の話は、舞台の話からは
程遠く、また自分の最近見た映画やドラマの話、旅行の話・・・タカコはずっと
今まで付き合ってきたような錯覚を覚えるのだった。
帰り際、ヒトシは言った。
「・・・・タカコ、これから俺は、また厳しいだけの仕事馬鹿になっちまうけど。
だけどな・・・・・俺も時々、人間なんだって思いたいんだ。
悪いな、こんなオヤジに付き合わせて」
「・・・・いいえ!ずっとこんな風に話がしたかったんです。ヒトシさんは・・・
私が思っていたような冷たい人ではなかったんですね」

「・・・・いや、冷たいよ。どれだけあの舞台から人間が堕ちて行ったか・・・
それを、言い渡すのが、俺だ。他の誰でもない。
俺がどれだけ恨まれているか、タカコ、君はまだ知らないだろう。

・・・・・・・・・舞台に上がる、一握りの人間を、エリートにするのが
俺の仕事なもんでね・・・・俺を見下していた奴らは片っ端から地獄へ落とした。
いづれ、俺もあの奈落へ落ちるんだ。いっそ、その方が気分がいいよ。
・・・馴れ合いも辟易してきた。

君になら、俺は突き落とされても、いい・・・・」



タカコは、監督が酔っているんだと思った。
自分に言っている言葉だとはどうしても思えなかったのだ。
自分が怖れ、尊敬し、そしていつも頂点にいると思っていた人が、何故私なんかに
ここまで話をしてくれるんだろう・・・・その意味がわからなかったのだ。
「・・・タクシーを止めてくれないか・・・じゃあ、またな」


台本はもうOKになった。だから、この仕事は終わりだ。
また新しい仕事が来るまでに、どれだけの時間が目の前に横たわっているだろう。
すぐに、また何かを書けるように、準備するのがプロだし、常に時代を読まねばならない
・・・そんな忠告は、今の自分には無用だった。

監督の、姿が目に焼き付いて離れない・・・・・・

いきなり巨大な憧れの人物が、等身大になって自分の名を呼んだ。
こんな、何も知らない女を?きっと目新しいおもちゃなんだ、自分のような素人を見て
ほっとしているんだろう・・・・・・・・
だが、それが嬉しいのだ。タカコにとって、今は二度とない奇跡の時間だった。
タカコは、それから監督が仕事している舞台を見る為に、毎日のように通った。

「違うな、もう一回」演出家が自分の台本を俳優に説明している。
舞台の上、素顔と仮面が交互に現れる俳優達と、場面の雰囲気を一気に醒ますように
怒鳴る監督の戦い・・・・・演出は常に監督の意志を最大限に尊重して進む。

いつしか、自分も女優になり、架空の舞台の上で監督と言い争っていた。


「違う違う違う!!!!この、妄想女!!!どこにそんな事が書かれている??
台本を読んできたのか??それともあんたはこの俺より、この作品を理解している
とでも?!お前みたいな奴がいつだっていうんだ、作品を愛しているとかな!!!」

「ええ!!勿論!!監督はこの作品を愛しているんですか??」
「ああ?!俺はこの作品と心中するつもりだからな!!お前とは覚悟が違うんだよ!!」


くすっ・・・・・タカコは自分で自分がおかしかった。

わけわからん台詞だ・・・・・でもこれ、どこかで使えないかな・・・・
やっぱり、私って・・・誇大妄想女だ・・・・・・・・

でも・・・・舞台上では確実に、作品が出来上がってゆく。
舞台は架空の夢だ。ありもしない世界を、いかに現実のように見せるか。
そこは戦場になったり、平和な田園風景にも、摩天楼にも・・・・・・・・
主人公が慟哭するような地獄にも、天国にもなるのだ。

タカコは自分が女優になりたかった理由と、もう一度向き合った。
監督は、どれだけ人に恨まれようが、この世界の虜になってしまったんだ・・・・・・
外の、平和な世界を捨ててまで、この世界がいいんだ・・・・・・・・
そうして戦いの中で傷だらけになりながら、自分を理解してくれそうな女に出会った。
一度はその夢をあきらめて、でもまた違う才能を身につけてきた女・・・・
舞台を愛しているであろう女・・・・・・・・

作品が 彼女の生きる意味になった。

・・・監督に、また、新しい台本を見せたい・・・
妄想だらけの私が書く、こんな話を・・・・笑ってみてもらおう・・・・
タカコは静かに劇場を後にした。

タカコはやっと前を見て歩いているのだと思えた。
舞台の俳優達への妬みは消え、代わりにたった一つの希望が、
胸に灯った。

共に、歩ける喜びが、彼女を包んでいた。
監督は彼女がドアを出て行ったのを感じていた。


「・・・・・・よし!OKだ!明日は本番だ。いいな、最高の舞台にするぞ!!」





・・・・・・・・・・END・・・・・・・・・・

(このお話は フィクションです)




・・・・・・・・いつも拙 ブログへお越し下さいましてありがとうございます。

このお話は、私のもう亡くなった友人のお話を元に、
彼女が生きていたら、笑ってくれるんじゃないかと思って
書きました。
結婚する前の彼女は、舞台女優で、そして恋多き女性だったと
聞いていました。ですから、これは彼女のアナザーストーリーです。
全くの架空のお話です。

私は高校まで演劇部だったもので、彼女の話はとても面白く楽しかった
です。一緒に人形劇を作りましたが、彼女のナレーションは本当に素晴らしかった。

時々、こんなお話も書いておこうかな・・・・・・・・と
なので、絵のない 絵本に入れておきました。

・・・・では。
by f-as-hearts | 2009-11-22 12:56 | 絵のない絵本

タロット占い師ASのブログです。


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