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紡ぐ夢 綴る夢

fashearts.exblog.jp

タロット占い師ASのブログです。

難しいか 難しくはないか・・・


・・・夜 話・・・


・・・と 書いて いつも徒然・・・



深夜お客様とのメールのやりとりもあり、それなりに考えたりする・・・

猫のチョビは深夜私がPCに向かっていると、その上を歩いて渡ったりして、かなりいい感じに邪魔をしてくれる。何度か画面が「See you・・・」になったりもして、その度に、猫って奴は~~~・・・・可愛い・・・などと自分の猫馬鹿を再確認する。昔から猫はそうだったから今更だが怒る気にはならない。

ところで、これが猫嫌いだったらどうだろうか?まずそういうことはありえないし、なにより部屋にさえ入れないのではないだろうか。ようするに許容範囲外であり努力すら出来ないという類になるだろう。
それではそれを許容範囲内に出来る人はどんな風に受け入れていくのだろう。例としては、彼氏彼女の関係で、相手が猫を飼っていた場合や、家族の中で猫を飼おうとする人が現れた場合。それだっていやいやであるから、最初は猫がすりよってきただけで、卒倒するぐらい嫌だという。また、猫の毛がふわふわ床に落ちるだけで、掃除しなきゃならないから大変だと思うそうだ。そして共通しているのは、猫の目が怖いとか可愛いとは思えないそうだ。

そういう人の大変さは猫好きにはわからないのだが、わからないからそちらがおかしいのだという議論にはならない。動物を飼うというのは大変なのだ。感じ方の違い、考え方の違いは、お互いがそうなってみることができないからこそ問題なので、歩み寄ることが出来ないのは不幸だと思う。そういう時に必要なのは想像力であり人によっては妄想に近いかもしれないが、ひたすら自分が理解できることに置き換えるしかない。
つまり自分が嫌いなものと一緒に暮らせ、世話をしろと言われるとか。
そして同じく、好きなものとは暮らすな、家には入れるなと言われることである。
どちらも難しく、簡単には納得できないことだろうが、結構人はそういう選択の上に立っていることが多い。
どれぐらいの難易度なのか、は目に見える秤は無いものだが、人とは感じ方が違うとか立場が違うからわかりあえないとかで悩むことの多くは、いつか努力によってその解決への道が開けるかどうかで楽にも苦にもなるものだと思われる。

嫌いなものが少ない人は楽なのかもしれないし、好きなものがそばにあれば幸せであると思える、単純な答えも、いつも嫌いなものに悩まされている人や、自分が幸せを感じられない人には、答えにはならない。従って単純だと言われると理解できないだろうと思われる。それは上に書いたような違いとして理解しなければならないだろうし、悩んでいる人にはあまりありがたくない結論だろうと思う。そこにはグレーゾーンがある訳だ。
そこでは共感してくれる人こそが必要であり、無理なことを強いる人は敵にすら感じられるだろうと思う。

・・・猫の話からは離れたような・・・まあ、そういうこともあるかな~~~などと。
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by f-as-hearts | 2010-05-18 00:29 | 祈り